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神戸地方裁判所 昭和54年(ワ)652号 判決 1984年9月27日

原告(甲事件原告、乙事件被告)

中村勝

右訴訟代理人

梶田幸治

小越芳保

被告(甲事件被告)

日清鋼材株式会社

右代表者

御手洗鋭美

被告(甲事件被告、乙事件原告)

倉狩政行

石原秀男

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  被告倉狩政行の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告日清鋼材株式会社との間においては、すべて原告の負担とし、原告と被告倉狩政行との間においては、甲事件及び乙事件を通じこれを一〇分し、その一を同被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実《省略》

理由

第一甲事件について

一当事者等

請求原因1項の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二本件事故の発生

1  原告が昭和四八年九月一四日原告主張の工場で午後七時からの夜勤勤務につき、大西及び被告倉狩と三人で一号打刻機による鋼材打刻作業に従事することとなつたこと、原告が作業カードに基づいて刻字ホルダーにセットする作業をしたこと、原告が右の作業をしている間に、同被告が同機の試運転をするためその起動ボタンを押して同機を通電状態としたこと、その後原告が刻字ホルダーを同機のシリンダーの下端部に装着する作業を始めたこと、その後同日午後七時二〇分ころ原告が同機により右手の親指を除く四指挫断創の傷害を受け、直ちに神鋼病院に入院し手術を受けた結果、右手の親指を除く四指とその付け根の部分を切断されたこと、同機が起動ボタンが押されて通電状態となり、かつセレクトスイッチが自動になつているときにリミットスイッチに触れると、シリンダーが降下する仕組となつていたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 被告会社は本件事故当時、鋼材打刻作業を前記工場内の打刻場において二台の打刻機(一号及び二号の各打刻機)を使用して行つていた。

打刻場の広さは、東西11.1メートル、南北18.5メートルで、その中央に東西の長さ7.1メートル、南北の長さ6.7メートルの大きさの鋼材搬入台が南北に二台並べられており、北側の搬入台の北西角に一号打刻機が、南側の搬入台の南東角に二号打刻機がそれぞれ置かれていた。そして、一号打刻機から南方に三メートルのところには記号ボックスが、二号打刻機から東方に1.8メートルのところには刻印セット台がそれぞれ置かれていた。

(二) 一号打刻機は、打刻場の床面から数十セソチメートル高くなつたコンクリート製の台上に据えつけられており、それ自体の大きさは、高さ1.8メートル、東西の幅1.4メートル、南北の幅0.6メートルであつた。

同機の東側面は、下から三五センチメートルのところで一旦奥(西方)に数十センチメートル凹み、そこから上の数十センチメートルの部分が空洞になり、その空洞部分の上面にシリンダーが、そしてシリンダーの真下にあたる空洞部分の下面に受板Vブロックがそれぞれ取付けられていた。

同機の東側に接して搬入台が設けられ、搬入台上に東西方向に横たわるように並べられた鋼材が南から北に向けて転がると、その西端部分が右の空洞部分の受板Vブロックの上に乗るようになつていた(搬入台の北側には、これに接続して後記Vポケットに至るまで鋼材支持台が設置されているので、搬入台上から北方へ転がる鋼材は常に水平状態を維持する。)。

鋼材が受板Vブロック上で打刻されると、さらに北方へ転がり、打刻ずみの鋼材を一時留めておく場所であるVポケットの中に落下するようになつていた。

(三) 同機の運転操作は、同機の南側面の中央部に取付けられた操作盤(別紙図面参照)によつて行うことになっており、その手順は次のとおりであつた。

すなわち、手動運転で打刻を行う場合には、操作盤の中央左上にある起動ボタンを押して同機を通電状態とし、操作盤の中央にあるセレクトスイッチを右側(手動側)に倒し、セレクトスイッチの右斜め下にある跳ね出しボタンを押すと、搬入台上に並べられた鋼材の一本が北方に転がつてその西端部分が受板Vブロックの上に乗り、そこで跳ね出しボタンの左にあるシリンダー降下ボタンを押すと、シリンダーが降下して打刻が行われ、打刻された鋼材は受板VブロックからVポケットの方へ転がつてそこに落下する(ただし、シリンダー降下ボタンは、これを押している間だけシリンダーを降下させ、押すのをやめるとシリンダーはそのときの位置から上昇するので、右のように打刻を行う場合は打刻されるまでこれを押し続けていなければならない。)。

自動運転を行う場合には、跳ね出しボタソを押して鋼材を一本受板Vブロック上に乗せるまでは、右の手動運転の場合と同じ操作を行い、そこでセレクトスイッチを左側(自動側)に倒すと、自動的にシリンダーが降下して打刻が行われ、シリンダーは自動的に上昇し、打刻された鋼材はVポケットの方へ転がつてそこに落下するとともに搬入台上から新たな鋼材が一本受板ブロック上に転がり、再びシリンダーが自動的に降下して打刻が行われ、以後同様にして自動的、連続的に打刻が行われていく。この場合にシリンダーが自動的に降下するのは、受板Vブロック上に転がつてきた鋼材が受板Vブロックのすぐ東方の鋼材支持台上に取付けられている小さなレバーであるリミットスイッチ(シリンダー降下ボタンと同じ機能を果す。)に触れているためである。セレクトスイッチが手動側に倒されている場合にはリミットスイッチが作動せず、鋼材がこれに触れてもシリンダーは降下しないが、逆にセレクトスイッチが自動側に倒されている場合には、シリンダー降下ボタンが作動しない仕組になつている。

一方、起動ボタンの右方(セレクトスイッチの右斜め上)にある停止ボタンを押すと、同機の通電状態は解消され、再び起動ボタンを押さない限り、いかなるボタンやスイッチに触れても一切作動しないこととなる。

なお、被告会社の作業手順では、同機を運転して打刻作動を始める前に同機の試運転を行うことになつており、また新しく刻字ホルダーを装着したときには、鋼材の切れ端を使用して試し打ちをしてから打刻作業に入ることになつていたが、これらはいずれもセレクトスイッチを手動にして行うものであつた。

そして、同機は自動運転の場合、一分間に一五本ないし三〇本の鋼材を打刻することができ、その場合シリンダーが一回降下し始めてから打刻を行つて上昇し始めるまでに要する時間は、一分間に打刻する本数にかかわらず、約一秒であつた。

(四) 刻字ホルダーは鋼鉄製の円盤様のもので、水平にして横から見ると二段になつており、上段(シリンダーに装着されたとき上になる方)は厚さ二二ミリメートルで直径一五センチメートル、下段は厚さ一六ミリメートルで直径一四センチメートルの大きさであり、その裏面(シリンダーに装着される面の反対側の面、つまり下段の面)の中央に細長い長方形の凹みがあり、ここに刻字がセットされるようになつていた。

刻字ホルダーには、その円盤の中心から左右それぞれ5.5センチメートル(下段の円周から内側にそれぞれ1.5センチメートル)の点を中心として直径1.4センチメートルの二つの円形の穴がボルトを通すためにあいており、刻字ホルダーを同機のシリンダーに装着する作業は、同機の北側に立ち、南側に向かつて両腕をシリンダーの下端部に伸ばし、刻字ホルダーの上段の面をこれに密着させて左手で刻字ホルダーが落下しないように支えつつ、右手で長さ4.8センチメートルのボルト二本を刻字ホルダーの前記二つの穴を通してシリンダーの下端部の南側及び北側に刻まれた二つのねじ穴に順次差し込み、まずこれを右手の指先でねじつてある程度締めつけ、次いで六角レンチを用いてさらに締めつけることにより刻字ホルダーを固定する方法で行われるものであつた(もつとも、そのうちボルトをねじこむ点については、最初から六角レンチを使用する者もあつた。)。

(五) 本件事故当日午後七時からの夜勤勤務についた被告会社の鋼材打刻作業担当の作業員は七名で、そのうち大西、原告及び被告倉狩の三名が一号打刻機で、その余の四名が二号打刻機でそれぞれ作業を行うこととなつたが、一号打刻機の三名中には作業の責任者となる台長の資格を有する者がいなかつたため、三名中で最も経験の長い同被告が台長代理を務めることになつた。

そこで、同被告は原告と大西を伴つて前記記号ボックスに行き、当日の作業内容を記載した作業カードを点検したところ、当日はまず新しく刻字を刻字ホルダーにセットする段階から始めなければならないことになつており、すでに昼勤の者によつて数十本ごとに針金で結束された鋼材が二、三束一号打刻機の搬入台上に運ばれてきていたので、搬入台に近寄りそれが当日最初に作業を行うべき鋼材に間違いないことを確認して記号ボックスに戻つた。そのとき、同被告は原告から同機の運転をさせて欲しい旨の申出を受けたが、常日頃原告の動作が緩慢で要領が悪く作業能力が他より劣つていたこと等から原告に運転させることを若干躊躇したものの、練習させる必要もあると考えてこれを了承し、運転者が作業カードに基づいて刻字を刻字ホルダーにセットする作業をも行うことになつていたので、原告に作業カードを渡した。

そこで、原告は作業カードを持つて前記刻印セット台に行き、セット作業を始め約一〇分でこれを終えたが、この作業を終えたときにはセットした刻字を紙に写して拓本を作り、これを責任者に示して点検を求めなければならないことになつていたのに、責任者の被告倉狩に右の点検を求めることなく、セットずみの刻字ホルダーを持つて同機の北側に行き、これを同機のシリンダーに装着する作業を始めた。

大西は、原告が刻字のセット作業をしている間に、二号打刻機に配属された尾崎哲夫の助力を受けて一号打刻機の搬入台上に置かれていた前記鋼材の結束を切つてこれを同搬入台上に並べる作業を行つた後、すでに二号打刻機の運転が開始されていたので、同機の作業を手伝うためその搬入台の方に行き、その後本件事故が発生するまで同所にいた。

一方、被告倉狩は原告に作業カードを渡した後、記号ボックス内で次の作業以降の作業カードを点検していたが、右のように大西らによつて鋼材が一号打刻機の搬入台上に並べられて作業の準備が一つ整えられたものの、原告が刻字をセットし終るのには通常の作業員の倍の時間を要するため、その間に自ら同機の試運転をする必要があると考え、同機の操作盤のところへ行き、セレクトスイッチが手動になつていることを確認したうえで、起動ボタンを押して同機を通電状態とし、シリンダー降下ボタンを三、四回押してシリンダーが異常なく上下することを確認し試運転を終えた。

その後同被告は再び記号ボックスに戻り、作業カードの点検を行いつつ原告が前記の点検を求めにくるのを待つていたところ、午後七時二〇分ころ、突然同機の方から原告の大きな悲鳴が聞えたので、驚いて同機の方を見ると、搬入台上の鋼材が一本一本受板Vブロックの方へ転がつていたため、同機が作動していることが分り、直ちに同機の操作盤のところに走り寄り停止ボタンを押して同機が作動するのを止めたうえで、同機の北側にいた原告のところへ走り寄ると、原告が右手を負傷して立つていた。

原告は、その後直ちに神鋼病院に入院したが、そのときの原告の右手の状態は、親指を除く四指が腱と挫滅した皮膚とによつてかろうじてつながつている状態であつた。

(六) 原告は、本件事故において、右手の掌が下で甲が上になつた状態で甲の方をシリンダー(正確には、シリンダーに装着された刻字ホルダー)に圧迫される形で負傷したもので、降下したシリンダーに押えつけられた右手の部分は、甲のうち示、中及び環指の関節がある付近から先の部分と小指の中手骨付近から先の部分とであつた。

(七) 被告倉狩が前記試運転を終えて記号ボックスに戻ってから本件事故が発生するまでの間、原告以外に一号打刻機に近づいた者はおらず、同機のセレクトスイッチは、本件事故直後に同被告が停止ボタソを押したときには自動側に倒されていた。

以上の事実が認められ、原告及び被告倉狩の各本人尋問の結果中右認定に反する部分並びに前掲甲第二号証の一(原告作成の告訴願と題する書面、以下「告訴状」という。)、同第六号証(原告作成の被害顛末書と題する書面、以下「被害顛末書」という。)及び同第一五号一証(乙事件の請求原因2項記載の刑事被告事件における原告の証言調書、以下「原告証言調書」という。)の各記載中右認定に反する部分はいずれも信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3 右認定事実によれば、一号打刻機は、被告倉狩がその試運転を行つていたときには通電状態で、かつセレクトスイッチが手動側になつており、その後本件事故が発生したときには通電状態で、かつセレクトスイッチが自動側になつていたこと、同被告は、右試運転を終えて記号ボックスに戻つてから本件事故が発生するまでの間は同機の操作をしていないこと及び同機が右の本件事故時の状態になつたのは、原告及び同被告以外の第三者の行為によるものではないことが明らかである。

しかしながら、同機が右の本件事故時の状態になつたのが、同被告の行為によるものか、それとも原告の行為によるものか、あるいは両名の行為の競合によるものかという点については、本件全証拠をもつてしてもそのいずれであるかを確定することができない。

(一)  原告は、同被告が試運転終了後に停止ボタンを押すべきを誤つてセレクトスイッチを自動側に切換える操作をした旨主張する。

しかし、停止ボタンを「押す」操作とセレクトスイッチを「ひねる」操作とを取違える可能性は、一般に低いものであり、本件において、同被告のその本人尋問における「試運転終了時には、セレクトスイッチに触れることなく停止ボタンを押した」旨の供述の信用性を否定して、同被告が原告の主張する誤操作をしたものと断定するに足りる証拠はない。

もつとも、本件事故が発生したのが刻字ホルダー装着作業中であつたとすれば、その場合は、同被告が試運転終了時にセレクトスイッチを手動にしたまま停止ボタンを押していたのを、原告が刻字ホルダー装着作業に取りかかる前にわざわざ起動ボタンを押し、かつセレクトスイッチを自動に切換える操作をしたと考えるべき根拠は乏しいことになるから(ただし、その場合でも同被告がすでに試運転を済ませていたことを知らなかつた原告が、刻字ホルダー装着作業に取りかかる前にこれを行い、又は行おうとして同機の操作をした結果、同機が前記の本件事故時の状態となるに至つた可能性はある。)、同被告の前記のような誤操作の結果として、同機が前記本件事故時の状態になつたものであることが強く推認されることになる。

ところが、本件事故が発生したのが刻字ホルダー装着作業中であつたとの点については、後記(4)のとおり本件全証拠によつてもこれを認めることができないばかりでなく、同所において述べるとおり原告は右の点について矛盾に満ちた極めて信用性に欠ける供述をしているところ、この点は被害者である原告としては当然に正確な認識を有しているはずの受傷状況の根幹にかかわる事実であることを考慮すれば、原告は本件事故時までに自分で起動ボタンを押し、かつセレクトスイッチを自動に切換える操作をした事実(その理由としては、刻字ホルダー装着作業の前又は後に試運転をしようとした場合、同作業の後に試し打ちをしようとした場合及びその他の場合が考えられる。前二者の場合については、試運転や試し打ちは手動で行つたがその後停止ボタンを押すべきところを誤つてセレクトスイッチを自動に切換える操作をしたものとも考えられるし、同機の操作に習熟していなかつた原告としては試運転や試し打ちを自動で行い又は行おうとしたものとも考えられる。)を敢えて秘しているのではないかと疑う余地が十分にある。

もつとも、原告が右のように試運転又は試し打ちを行つたとすれば、操作盤の近くの記号ボックスの中にいた被告倉狩がこれに気づかないはずがないとの反論もありうるが同被告本人尋問の結果によれば、同被告は本件事故が発生するまで、原告はまだ刻印セット台でセット作業をしているものと思い込んでおり、自らは作業カードの点検作業中であつたというのであるから、原告が操作盤の操作をすることに気がつかなかつたことも十分考えられるのである。

したがつて、同被告の誤操作により同機が前記本件事故時の状態になつたものと推認することはできず、他に同被告が原告主張のような誤操作をしたものと認めるに足りる証拠はない。

なお、原告は、同被告が本件事故時に同機の自動運転をした旨の主張もするが、これが認められないことは以上から明らかである。

(二)  一方、被告らは、本件事故は原告が刻字ホルダー装着作業を完了したうえで自ら自動運転を開始した後に発生したものである旨主張するが、そうだとすれば、同機が本件事故時の状態になつたのは原告自身の行為によるものであることになる。

しかし、被告らの右主張については、後記(5)のとおり本件全証拠によつてもこれを認めることができない。

そして、右に述べたように原告自身が本件事故時まてに起動ボタンを押し、かつセレクトスイッチを自動側に切換える操作をしたのではないかと疑う余地はあるものの、これを断定するに足りる証拠はなく、したがつて、被告倉狩の本人尋問における前記供述のみから同被告が前記のような誤操作をしなかつたものと即断することもできない。

(三)  さらに、同被告の行為と原告の行為の競合によつて同機が前記本件事故時の状態になつた可能性(つまり、同被告が試運転終了時に停止ボタンを押すとともにセレクトスイッチを自動側に切換えたところ、その後本件事故時までに原告が試運転をする等のために起動ボタンを押した場合など)も全く考えられないではない。

(四)  以上のとおり、同機が本件事故時に通電状態で、かつセレクトスイッチが自動側になつていたことについては、それが原告の行為によるのか、同被告の行為によるのか、それとも両者の行為によるのか、そのいずれであるとも断定することができない。

4 ところで原告は、原告が刻字ホルダー装着作業中に本件事故が発生した旨主張するが、この点については、本件全証拠によつてもこれを認めることができない。

もつとも、原告本人尋問の結果中にはこれに沿う供述部分があり、告訴状、被害顛末書及び原告証言調書にもこれと同旨の記載部分があるが、これらは次の理由により到底信用することができない。

すなわち、まず、原告本人尋問の結果中の右供述部分について検討すると、その要旨は、「本件事故が発生したのは、刻字ホルダーを装着する二本のボルトのうち、手前(北側)のボルトを一応指でねじり終えて、奥(南側)のボルトをねじつていたときである。そのときは右手の掌を上にして、手首は回転させずに指先だけでボルトの頭の部分をねじつていたが、その作業に夢中になつていたためシリンダーが降下し始めたことには全く気がつかず、右手がシリンダーと受板Vブロックとの間に挾まるまで右のようにしてボルトをねじつていたものであり、手を引いて挾まれるのを避けるようなことはしなかつた。」というのである。しかし、右供述はシリンダーの降下に全く気づかなかつたという点において不可解であるばかりか、右供述のとおりであるとすれば、原告の右手は掌の方がシリンダーに圧迫される形で受傷すべきであるし、また、前記認定の刻字ホルダーの大きさ(下段の直径は一四センチメートル)及び刻字ホルダーのボルト穴の位置(原告がねじつていたという奥のボルトの穴は、刻字ホルダーの下段の円周のうち南端の点から北へ1.5センチメートル寄つた点を中心点とする。)からして、指の部分のみならず手首から先の全体がシリンダーに押えつけられるのが当然であるのに、現実の負傷状況は前記(2(六))認定のとおりこれとは全く異なつていたのであるから、右供述部分は到底信用することができない。

次に、原告証言調書中の記載部分について検討すると、その要旨は、「本件事故が発生したのは、刻字ホルダーを装着する二本のボルトのうち、奥(南側)のボルトを一応指でねじり終えて、手前(北側)のボルトを右手の指でねじつていたときであつた。」とする点以外は、原告本人尋問の結果中の前記供述部分の要旨とほぼ同じである。しかし、このとおりであるとすれば、前記認定の刻字ホルダーのボルト穴の位置(原告がねじつていたという手前のボルトの穴は、刻字ホルダーの下段の円周のうち北端の点から南へ1.5センチメートル寄つた点を中心点とする。)からして、原告の右手のうち負傷するのは、せいぜい二、三本の指の指先だけであるのが当然である。したがつて、原告証言調書の右記載部分も、前記認定の現実の負傷状況と全く矛盾するものであるから、到底信用することができない。

さらに、告訴状及び被害顛末書の記載部分は、いずれも簡単な記載にすぎないが(ただし、前者には、本件事故が発生したのは、奥のボルトをねじり終えて、手前のボルトをねじつていたときである旨記載されている。)、これを詳しく述べたものが、原告証言調書の前記記載部分であり、また原告本人尋問の結果中の前記供述部分なのであるから、後二者が以上のとおり全く信用することができないものである以上、前二者も同断であるというべきである。

他に本件事故が刻字ホルダー装着作業中に発生したことを合理的に説明する的確な証拠はない。

5 一方、被告らは、本件事故は原告が自動運転を開始してから後に発生したものである旨主張する。

(一)  被告らが右主張の根拠としているのは、第一には、本件事故が発生したときに一号打刻機の搬入台上の鋼材が一本一本受板Vブロックの方に転がつていたということであり、第二には、本件事故直後に同機のVポケット中に正規に打刻された五、六本の鋼材が存在していたということである。

(二)  右の第一の点については、その事実が存在したことは前記(2(五))認定のとおりであるが、<証拠>によれば、同機は受板Vブロック上に鋼材が存在しない場合において、起動ボタンを押し、セレクトスイッチを自動にし、そしてリミットスイッチに触れると、シリンダーは最初の降下時には受板Vブロックを空打ちするものの、その後は搬入台上から鋼材が転がつてきて自動運転状態になる仕組になつていたことが認められるから、右の第一の事実と本件事故が自動運転開始前に発生したこととは必らずしも矛盾するものではなく、したがつて、右第一の事実をもつて直ちに原告が自動運転を開始していたものであるとすることはできない。

(三)  また、右の第二の点については、本件全証拠によつてもこれを認めることができない。

もつとも、被告倉狩本人尋問の結果中にはこれに沿う供述部分があり、前掲甲第一六号証ないし三(いずれも前記刑事事件における同被告の被告人質問調書)にも同旨の供述記載部分があるが、これらについては、いずれもあいまいな点が多いうえ、両者を対比すると、Vポケット中に五、六本の鋼材を発見したときの状況などの具体的な事実について供述が喰い違つている点が多いこと、<証拠>によると、同被告が右第二の点について供述したのは、右刑事事件において同五二年三月二五日実施された被告人質問の際が初めてであり、原告の告訴により遅くとも同四九年五月二九日に警察で取調べを受けてから右被告人質問に至るまでの間は、原告が刻字ホルダー装着作業中に受傷した旨主張していることを十分に認識しながら、右の点について一切供述していなかつたことが認められ、その供述経過がいかにも不自然であること等から、信用することができない。

また、成立に争いのない甲第一七号証(右刑事事件における証人田中順治の証言調書)には、本件事故の翌日午前中に一号打刻機のVポケット中に打刻された鋼材が何本か存在していたのを確認した旨の供述部分があるが、同部分はあいまいで信用することができない(ちなみに、前掲甲第一六号証の二には、本件事故後約一時間作業を中断しただけで、その後同機を使用して打刻作業を行つた旨の供述記載部分がある。)。

他に前記第二の点を認めるに足りる証拠はない(なお、成立に争いのない乙第四号証(右刑事事件の判決書)によれば、右刑事事件では、右田中順治のほか三名の証人が同被告の前記供述を裏づける証言をしたことがうかがわれるが、その証言内容が明らかでない以上、本件の証拠資料とすることができないことはいうまでもない。)。

(四)  そして、他に本件事故時に原告が同機の自動運転を開始していたことを認めるに足りる証拠はない。

三甲事件の結論

以上によれば、請求原因2項中本件事故が原告の刻字ホルダー装着作業中に発生したとの点及び同3項(一)及び(二)において被告倉狩の過失行為の存在をいう点は、いずれもその立証がないことに帰するから、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第二乙事件について

一請求原因1項及び2項の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、請求原因3項について検討する。

1 被告倉狩の右主張のうち、本件事故時に原告が同機の自動運転を開始していたとの点については、前記甲事件についての二5において判断したとおり、これを認めることができない。

2  また、右主張のうち本件事故が原告自身の故意又は過失による自傷行為であるとの点については、これを認めるに足りる証拠がない。

3  したがつて、右の各点を前提として本件告訴が違法な権利侵害に該当する旨をいう同被告の右主張は採用することができない。

三そうすると、同被告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第三結論

以上の次第で、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がなく、被告倉狩の原告に対する請求も理由がないから、右各請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(中川敏男 上原健嗣 小田幸生)

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